Croatian Blue クロアチア・ン ブルー

被災者へ何か「できること」を探している方へ2011.03.17

盛岡の友人が震災から寝ずに必死になって動いています。

岩手をこよなく愛し、2年前東京から地元へ戻り、より良い岩手を目指し活動している友人です。

できることを探している方へ!是非!

詳細は下記のサイトをご覧下さい!

http://sviwate.wordpress.com/

オリーブの収穫2010.11.20

フバール島のツァリッチ家のオリーブの収穫は、朝の漁から始まる。

前の日の夕方仕掛けておいた網を早朝畑に行く前に引き上げに行く。
お父さんと息子の仕事である。


何と!大漁!
一晩でカツオ、あんこう、鯛などなど!

海辺でさばいた後、バケツに入れて畑に持っていく。

ここで日本人伝説誕生!
あんこうをいとも簡単にさばいて見せた。もちろん自己流。
お父さん「さすが日本人!!こんなに素早くあんこうをさばくなんて!やるな。これから俺が魚を獲ってきたらお前がさばけ。」
たまたまうまくいっただけなんだけど・・・。
それ以来、村では新入りの日本人が凄いスピードであんこうをさばく・・・という噂に。見知らぬ人からも褒められる。

またあんこうがきたらどうしよう。

自己流だけにまたうまくいくとは限らない。

これは本気で習得しなくては・・・。プレッシャーがのしかかる。

せっかくもらった初の「さすが、日本人!」の称号を失うわけにはいかない。

もちろんその場であん肝は捨てるというので、変人扱いされながらも頂いた。


その後、すぐオリーブ畑へ!

オリーブ摘みの時は、畑が家から遠いのでお昼は畑で食べる。

それがサンドイッチとか簡単なものではなく、早朝獲れたての魚のバーベキュー!


息子が焼いている間、せっせとオリーブを摘み続ける。

今年は大豊作で、オリーブが鈴なりになっている。


剪定し終わったオリーブの木の枝で火を焚き、魚を焼くための炭を作る。

無駄が無く、全て自然の流れ。

感心せずにはいられない。

オリーブ畑でオリーブオイルをたっぷりかけたお魚達・・・。

美味しすぎて言葉を失う。

味わっていると、周りはもう食べ終わり、すぐまた作業に戻る。

ひえ~~~~!

私にとっては初めての格別な経験でも、彼らに取ってはこれが日常。

私もじっくり味わい、楽しみたい気持ちを抑え、大急ぎで食べ作業に戻る。

日が沈みかけた頃、今夜も網をしかけに行くぞ。とオリーブ摘みが終了する。

私はおばさんに連れられ、野菜畑へ夕食の野菜を獲りにいく。

ふだん草(ブリトバ)とトマト。

オリーブ摘みの1日を終え、呆然とする。

太陽と共に動き、自然の営みと共に働き、その恩恵を頂き、こんな幸せな気持ちになるなんて・・・。

そんな私の感動と満足感を島の人達はしらっとした目で見る。

「俺らの日常がそんなに特別なのか?」

幸せ出ずる国、いわてから!2010.08.19

そよ風、カラッとした暑さで過ごしやすいスプリット!
今日も快晴、爽やかな朝!
連日満室、今日から更に満室!
夏休みと共にお客様がたくさん!とてもありがたく嬉しい日々!
その中でも驚いたことに、
一昨日、昨日と何と岩手県、しかも盛岡出身の方が立て続けに訪れた。
一人の方は私が盛岡人だと知らず予約したようで、お互いビックリ!
もちろん地元ネタで話が盛り上がる。
もう一方は岩手県のラジオ番組で2回話させてもらったときに、聞いたことあったからだそう。
2回目のラジオの時に、
「1回目のラジオを聞いて来た方がいますか?」と言う質問に、
「一人もいません!」と私が張り切って答えたのが印象的だったそうで、
じゃあ行ってみようかと思ってくれたそう。
本当にありがたい、岩手で流れたラジオがきっかけで訪れてくれるなんて。
話してみるともちろん、盛岡狭し、乙部狭しでまた地元ネタで盛り上がる。
苫屋を初めて5年目に入るが、4年間で岩手県人で来た方は一人だけだった。
それがこんなに立て続けで訪れてくれるとは、本当に面白い。
今年の夏だけで、5人!!!!
岩手県人の方には、もれなく岩手の星!
マルツ工房さんの今年のカレンダーを差し上げております!
マルツさんありがとうございます。
マルツカレンダー
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ビザ取得物語~最終章~2010.08.06

カラッと爽やかな夏のスプリット!

これぞ最高の夏!影で涼しく、日向で暑い!
アドリア海も青く美しくきらめいております。

先日、朝、警察から電話が・・・「永久滞在ビザの件ですけど・・・」
「はい、今度はどんな書類が足りないんですか?」と聞くと、
「いや、今日あげるから取りにおいで!」

「ええええええええええええええええええええええええええええええ!!
嬉しい!!!!!!!!!ありがとおおおおおございます~~~~~~~!」

受話器の向こうでクスクス笑う声。

いよいよ、この日が来た!
手にした瞬間の感動を想像しては、涙ぐんでいた日々。
きっともらった瞬間泣くだろうな・・・なんて想像していた。

シャワーを浴びながら震える手、化粧しながらアイラインを書いたのを忘れ、2度書き。
平常心、平常心と言い聞かせながら、家を出た。

そう、警察への今までのお礼のチョコレートも忘れちゃいけない。

いよいよ警察に着いた。
笑顔で係員のおばちゃんが待っててくれた。
手数料の支払いの手続きを済ませ、いよいよ奥から永久滞在許可証を張ったパスポートを持ってきてくれた。

「チェスティータム!(おめでとう!)」と笑顔で。

泣けるだろう瞬間あまりに実感がわかず涙すら出ない。

チョコレートを差し出すと、おばちゃんは、当たり前のことを当たり前にやっているだけだから、
必要ないのよこういう御礼は・・・といいながらガサガサ開けだした。

そして、「貴方がまず最初に取って、喜びを分かち合いましょう」と・・・。
残りを奥の方のスタッフに持って行き、おばちゃんがカウンターに戻ってきて、一緒に食べた。
笑いながら美味しいと言ってくれた時は本当に嬉しかった。

怒られ、怒鳴られることから始まったビザ取得物語の最後は笑顔で終わった。

「人生で一番嬉しい日です。」(大袈裟)と言うと、係員のおばさんは大笑いしていた。

2004年8月1日に宿をやりたいという思いで、バックパックを背負ってクロアチアに入国した。

2010年8月2日 永久滞在ビザ取得

何と丸々6年。凄い偶然・・・。

そして、今日、何と朝携帯にメールが・・・。

「今日、スプリットに行くから時間があったら会いたいんだけど」

1998年私が初めてクロアチアを訪れるきっかけをくれた、
難民キャンプの支援団体、NGOスンツオクレットのディレクターからだった。

もう2年以上も連絡を取っていなかったので驚いた。
彼女は2004年に入国した時も、泊めてくれたり、アドバイスをくれたりしてくれた人。

全てが創られたストリーのように凄いタイミングで繋がっていく・・・。

周りの人に、感謝しなさい、あなたの力だけでもらったものではないのですよ。と神様が言ってくれているようだ。

また新しいクロアチア生活が始まった。
とてつもなくワクワクしている今日この頃である。

感謝の気持ちと共に、楽しんで生きていこうと改めて思う。

心からありがとうございます!

奇跡の結婚式!2010.07.24

真夏のスプリット!暑い!
しかし、目の前に広がるアドリア海が心も身体も元気にしてくれる!
一日、アドリア海を離れたのだけど、その時のエネルギーダウンの激しいこと激しいこと・・・。
さすが、アドリア海!帰ってきて感謝!感謝!
いつも元気なのはアドリア海のおかげだった~~~~~!
先週末は盛岡で会ったクロアチア人の友人、マリヤの結婚式だった。
彼女とは奇跡の出会い。
盛岡にいるはずも無いクロアチア人を12年前に見つけたときは、息が止まるほど興奮し、緊張し、ドギマギ話しかけたことを今でも覚えている。
大使館に問い合わせてもその当時在日19人のクロアチア人は東京、大阪、神戸のみと聞いた。
クロアチア語を習いたいがために、いろいろ探し回っていた頃、
岩手県国際交流プラザのソファーに座っていた時だ。
後ろからクロアチア語の女性の会話。「う・・・嘘だよね?」
耳を澄ましじっと聞いた。確信を持っても、緊張してしばらく話しかけられなかった。
そうこうしているうちに帰りかけている彼女達。
覚えたてのクロアチア語で勇気を振り絞って声を掛けた。
目を丸くして驚く彼女達。
盛岡でクロアチア語??????
彼女、マリヤはクロアチア人、ドイツ在住。
もう一人会話の相手は、ミミちゃん、セルビア人ドイツ在住。
そう、二人はドイツの留学生として盛岡に来ていた。
もちろんドイツ人で登録しているのでクロアチア人で探してもわからなかったのだ。
こんな小さな町にクロアチア人。
いつの間にか毎晩3人一緒に過ごすようになった。
このときから、願えば叶うっていう人生がスタートしたのかもしれない。
クロアチアを追いかければ追いかけるほど、追い風が吹き、奇跡がどんどん起こったのである。
今週末はその大切な友人マリヤの結婚式だった。
しかもドイツではなく、クロアチアはザグレブで。
嬉しいことに、今、私は念願叶ってクロアチアに住んでいる。
これは行きたい!結婚式!
でも・・・今年は一人苫屋なのでオンシーズンに行ける訳も無く、欠席の連絡をした。
もちろん怒りの電話。
「ミミちゃんはアメリカから来るのに!何でクロアチアに住んでいるユキが来ないってどういうこと???仕事、仕事っていつもそればっかり、あなたにとって大切なものは仕事だけ?その時稼ぐ分のお金は私があげるから、仕事キャンセルして、お願いだから来て。とても大切な日じゃない!何年ぶりに3人で会えると思っているの?ミミちゃんはアメリカからよ!」
でもやっぱりお客様の予約を断ることはできない。
しばらく連絡をしないでいたら・・・。
ミミちゃんから電話が・・・。
「私達6年ぶりよ。ユキがクロアチアに入国した時、一緒に車でドイツから来た時以来じゃない!何で来れないの?お願い。お願い。マリヤをせっかくの日に悲しませないで。」
いい案がないだろうか・・・しばらく考えていると・・・。
何と!!!!!
12年前、交通事故、救急車で運ばれた時に当直医で助けてくれたお医者さん、
私の主治医がスペインの巡礼を歩き終わったから、遊びに来ると連絡が・・・。
なりふり構わず、1泊だけお手伝い願えないかとお願いしてみた。
命を救ってくれたお医者さんは、大切な機会まで救ってくれた。
本当に恩人だ。
何と奇跡が重なり、私はマリヤの結婚式に行くことができた。
感無量の結婚式だった。

盛岡メンバーが実際クロアチアに揃ったのが嬉しくて嬉しくて、マリヤとミミちゃんに、思えば叶う!!って興奮して叫んだら、ユキの場合は執念ねって笑っていた。