MORIOKA NPO LIFE

夏の思い出2010.07.24

 6年前の夏(2002年)、盛岡に越してきた。引越しの後、初めて市街地に向かい、仙北の町を通った。町屋の趣を残した通りは、どこか懐かしく郷里の武家屋敷や城下町を思いおこした。

 私が育ったのは、瀬戸内海に面した人口8万人の小さな市。小早川隆景ゆかりの瀬戸内海に浮かぶ城「浮城」の周辺に広がる城下町だ。住所は城町といい、立派な石垣の残る公園、造り酒屋の蔵、商店街の裏路地などが毎日の遊び場だった。

 子供の頃の四季折々の行事も記憶に焼きついている。節分の日は、「鬼の豆つかあさい!」といいながら、袋を持って近所を回る。家々では、子ども達のために鬼の豆やお菓子を用意し袋に入れてくれる。1時間も近所を回れば、紙袋がいっぱいになる。昔はお菓子なんてなかなか買ってもらえないから、それは大事な戦利品だ。家で缶に入れてもらい大事に食べた。

 節分が終わると、春を告げる「神明市」が開かれる。3日間、街に広がるお寺をつなぐ旧道数キロが歩行者天国になり、道の両側に植木屋、飴屋、だるま屋、お化け屋敷、見世物小屋、たくさんの的屋が並び、まさに、道は人で埋まる。この道が小学校の前で、通学路にもなっていた。この時期は、どこか勉強も手に付かず、帰り道が楽しみだった。

 6月も中旬に入ると、半ドン夜市が始まる。毎週土曜日の夕方から、市内5つの商店街がみんな歩行者天国になって夜店が並ぶ。この夜市は、8月に行われる「やっさ祭り」まで続く。街をあげて、3日3晩踊る。子供会、町内会、会社、毎夜違ったグループで揃いの浴衣を来て、街を練り歩く。そして、フィナーレは、花火大会。故郷を離れて、20年を越えた今も、夏の思い出は、鮮明に心に残っている。

 どこか懐かしい仙北の町並みは、そんな故郷の思い出を思いおこさせてくれていた。ところが、越してきて数年も立たないうちに、道路の拡張工事もあり、仙北の町並みは大きく変わってしまう。そして同じように、久々に帰った故郷の町並みも大きく変わり、遊び場だった町屋は、マンションに姿を変えていた。「自分にとって大切だったものが消えてしまった」そんな寂しさを覚えた。

 故郷を離れてしまった自分には、それを悲しむ資格はないのかも知れない。でも、故郷の文化や伝統が消えていくことは、自分の根っこを失うことのような気がする。故郷に住む妹や友に街の文化や伝統を伝えていって欲しいと願う自分に気づいた。

 そんな願いが通じたのか、昨年(2007年)、毎日仕事をさせて頂いている仙北で、伝統行事「もりおか舟っこ流し」に参加する機会を頂いた。地域の活性化を目指すNPO(民間非営利団体)として、何をすべきか内部で議論を重ね、「伝統行事を次世代に引きついていくため、地元町内会だけでなく、地域の人みんなが参加できる仕組みを作り出そう」という目標を掲げ、ボランティアの皆さんと舟っこを作り流すことになった。「昔は仙北に住んでいたけど参加したことはなかった」、「今は隣の町に引っ越したのでもう参加できないと諦めていた」、「始めて参加した。こんな行事が盛岡にあったことを知らなかった」など、高校生から社会人まで多くの人が始めて参加し、その魅力を感じとってくれた。また、初めての舟っこ参加で何もわからない私達に、手を差し伸べてくださった地元の皆さんの応援も温かかった。伝統行事は、若者の心をつかむ力と、地域の人を繋ぐ力、そんな魅力を持っているからこそ長い間続けられてきたのだと思う。

 去年の舟っこの炎は、私の大切な夏の思い出として消えない情景となった。私が故郷を大切に思う気持ちを重ね合わせて、仙北の伝統行事「舟っこ流し」に参加できることを大切にしたいと思う。そして、次世代にきちんとバトンを引き継いでいきたいと願っている。

今年も、亡き人への想いを乗せた舟っこが、北上川を熱く昇っていく夏が来る。

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2008年 街もりおか 8月号に掲載されたコラムより